中村真也の日本道中独案内
中村真也の日本道中独案内
中村真也の日本道中独案内
( 50音順)



 身勝手な旅だが、その旅日記を発信し続けたことによる発見。
それは多くの人に励まされ、見守られた孤独の旅ではなかったこと、 離れていても喜怒哀楽を共にし、共に楽しんだ日々、そして「ありがとう」、「元気もらいました」、「私も頑張ります」 と、頂いた言葉。旅をしてよかった。そして旅を続けようと心に決めた。



※上記は気持ちの経過を書きました。各項目を選んで下さい。

 「街道・古道をゆく」
 五街道、塩の道に鯖街道。さらには熊野古道や奥の細道。日本の歴史を作ってきたこれらの道。それらをHP上でリアルタイムに出来事を発信し伝えながらのんびりと歴史散策。歩くのが目的ではなく日本の不思議や面白さまで伝え、さらには共に旅を歩み楽しみ元気を与えれる旅を目指している。
 ちなみに旅は下調べから発掘、レポートまでまとめたいだけに今までとは違い1週間〜2週間程度の短期を計画。月一回程度のペースでHPを通して共に旅をしたいと思っています。

 「百名山をゆく」
 ただ登るのではなく山を見直しながら登りたい。標高0mから動力を一切使わないで登りきった百名山ではあるが私はそのただ登るということが途中から嫌になっていた。山はこうしたものではないと。しかし、それでも人力百名山を達成すると決めた以上は無我夢中で登った。その反動の旅がこの「百名山をゆく」。その山々が歩んできた歴史、さらには山々を見上げ暮らしてきた人々の思いと、山にちなんだ文化や風習。そんな隠れた百名山の姿を発掘し伝えたい。そんな思いと共にもう一度百名山へ。


 「甘え」

 日本一周のときに目覚めたもの。それが歴史で、旅で得た意外な発見であった。学生時代の時などはもう興味も何もない歴史は捨ててかかり、地理のみに専念していた私だけに、この変わりように自分自身でも驚いている。そう変化した理由は訪れた土地での景色であった。何か違う。新しい土地へと踏み入れたとき、その新たな雰囲気にいつも新鮮さを感じた。人々の様子。そわそわしていたり、落ち着いた雰囲気であったり、怒りっぽかったりと、また街の作りも、旧路地が多かったり、逆に綺麗な区画整理が施されていたりと。さらには木々の様子から、鳥達の姿、そこに吹き抜ける風までも何かが違っていた。この違いは何なのかと街を歩くの徐々にその答えが見えてきた。過去の歴史がその姿を作り、風を作っていたのだ。江戸の封建制下での歴史。統治していた大名の政治。文化。風習。工芸。産業。それらが作った今の街の姿なのである。ひとつひとつ違った歴史を歩む街の姿にどんどん私は引かれていき散策するようになった。そしてHPで紹介すると共にその反響がさらに嬉しかった。その喜びが忘れられずに、もっと発見し伝えて行きたいと強く思い、日本一周を歩んでいるときからこの街道散策を夢見るようになった。だが、そのまでの道程は簡単でなく、目の前にはまだ日本一周をまだ中途にしていた。それを乗り越えても、さらには人力百名山達成というやり残したものがあった。どちらもこの街道歩きへと向かう過程であり、その中で自分は浮き沈みもした。悩んだり、時には何のやる気も無くし、甘えからただ日々を無常に送ることもあった。やはり楽な方へと楽な方へと走ってしまう。30才までにはこの旅というものを仕事にしたい。それが今の夢であるが、しかし待ち受ける壁はとても想像できないほどの壁かもしれない。しかし甘えさえ克服できれば乗り越えられると信じている。為せば成るである。ちなみに成らなければ旅から身を引こうと思っている。ただそのときの自分は負けて引くのではなく、そこまで目指し通したという達成感で悔いのない自分でいたい。そんな自分もひとつの成功であろうし素敵だと思っている。ただそうなれる様にまずは甘えから克服しなければならない。旅と共に…





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